初代、2代目と頑張ったのにね
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(以下引用
再建に燃える伊勢吉氏を支えたのが同年に入社した2代目、高雄氏だった。
親子は二人三脚で奔走。日本の高度成長が追い風になり、3年で更生手続きを完了した。
伊勢吉氏は平成2年に亡くなる直前、「井川家の心」という家訓を残した。
〈大王製紙あっての井川家。井川の家はすべてにおいて大王製紙の利益を優先させる〉
その言葉からは苦労を乗り越え、会社を育て上げた創業者の切なる願いが読み取れる。
大王製紙という社名よりも有名なティッシュペーパーのブランド「エリエール」。“生みの親”は高雄氏だ。新聞用紙と段ボール原紙にこだわる伊勢吉氏を説得する形で、昭和54年に世に送り出した。
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高雄氏は当時の心境について、週刊誌の取材にこう答えている。
「業界では最後発ですからね。知名度を上げるためにはどうしたらいいか、いろいろと考えて、ゴルフを利用することにした」同社は女子プロゴルファー養成を始め、昭和57年に「大王製紙エリエール レディスオープン」をスタートさせた。高雄氏の戦略は当たり、61年にはティッシュペーパー部門で国内シェアトップの座をもぎ取った。63年には東証への再上場を果たした。高雄氏は地方の製紙会社を次々と買収するなどして、勢力を拡大。買収した企業は井川家の一族が大株主となり、一族が強い影響力を持った形で大王製紙グループが形成されていった。その強気の営業姿勢から、「四国の暴れん坊」の異名を取った。